2013/03/12

メッセージ(61)

2013年3月10日、11日のサブリミナル・メッセージ
~強い報復を受け続けています~
-最終更新日: 2013年3月11日 (月) -

2013年3月10日(日)
 新幹線に乗車中。隣の女性が遠隔操作され、こちらの思考を会話に織り混ぜてほのめかし。辛くて父の座席と交代。同席の韓国の方は 被害者のサポートに回る。記録に残す。

 前にも申し上げましたように、韓国、中国の方は外交課題によっては日本に譲れない点はあるものの、テクノロジー犯罪、集団ストーカー問題に関しては、完全に被害者の味方です。被害者の皆様は間違いなきようご対応ください。よろしくお願いいたします。

 もう少し踏み込んで申し上げます。韓国、中国とは領土問題があり、この点で敵対しています。しかし、この問題では両国とも非を認めて譲歩しているのです。日本の被害者がこれを履き違えて非難を続けていれば、解決は遠のくばかりです。注意をしておいてください。

 韓国、中国が日本の被害者に謝ると同時に、日本はその歴史認識を考え直す必要があるでしょう。これが同時にできてアジアの未来は明るいと言えます。この認識を全ての被害者に持っていただきたいですね。

 先の東大塾OBの方のツイートを拝読。またメッセージ有り難うございます。詳しくご指摘いただいています。誠に有り難うございます。講演会が終わり、新幹線に乗っています。もう少しで福山です。参加された皆様、お疲れ様でした。

 昨日のいま世界は、金慶珠さんが日本に住む韓国人は加害勢力と歴史的に合併してきた。しかし、韓国は日本の加害勢力と縁を切る。加害勢力は歴史的に消滅する存在であるとサブリミナル・メッセージ。誠に有難うございます。頑張ってください。

2013年3月11日(月)
 シンドラーエレベータの被害者の方が訴訟に当たり集団ストーカーの被害者にメッセージ。被害者の人生はスタートラインに立ったばかりと示すものです。辛い中有難うございます。同じ被害者として社会に向けて訴えてまいりたいと思います。勝訴に向けて頑張ってください。NHK7時のニュース。

 NHK明日へで常石造船の神原潤氏と従業員の方が私に好意的なサブリミナル・メッセージを出していました。以前はグループ会社の粟根社長も私に謝罪するメッセージを出していただいています。この際、この会社でのことを書きたいと思います。この会社で私は被害を受けました。

 29才~30才の頃、私はツネイシ・ビジネスサービスカンパニーの人事にいました。結論から言えば、ここでグループ会社への引き留めのために加害行為を受けるに至りました。休職中、民主党・共産党の市議に陳情に行きました。詳しくは将来そちらの受け取ったものを参考にしてください。

 それでもツネイシが私に謝罪して解決の協調路線に乗りたいのであれば次の要求をさせていただきます。①グループ会社で私のケースを公になった場合徹底的に社内調査すること。②同じく社内で受けた被害者についても調査し、公表すること。③これらについて事実認定し、被害者に謝罪すること。です。

 私は、被害を受けるにあたって、この会社に加害勢力の人物が多数在籍しており、彼らの暴走によって引き起こされたと思っています。当時の川本社長などには逆に強くかばっていただいていたのを覚えています。また、私の仲の良かった同僚や上司には何の非もありません。

 永遠に縁を切ろうと思っていたのですが、同社がこの問題に取り組むというのであれば、先の要求を条件に、ご協力させていただきます。同社は福山の雇用を支える重要な会社です。その健全化に結び付けられるのであればという願いです。また、同じように企業で被害を受けられた方の早期発見のためです。

 NHK1時のニュースで大津いじめの被害者のお父様に被害者に向けてサブリミナル・メッセージを出していただきました。書くことがはばかられます。誠に有難うございます。

 天皇のお言葉「痛々しく破壊されており」は被害者に向けたサブリミナル・メッセージ。被害者が強い激高により家のものを強く壊してしまうような事態が発生しうることに対して述べられています。言い間違いとともに強いメッセージ性で出していただきました。誠に有難うございます。大震災追悼式。

 天皇のお言葉には他にも被害者に向けて非常に重要なサブリミナル・メッセージを含ませていただいています。「少しでも多くの~守られることを希望しています」「身の安全が確保されるために工夫と訓練がなされることを期待しています」など10か所ほどにも上ります。誠に有難うございます。解決のためにお身の神経を削っていただいた形になります。感謝の言葉もありません。大震災追悼式。

 このことについても述べておきます。私は卒業後、福祉専門学校に勤め、講師を目指すために日本福祉大学の社会人大学院を目指しました。こちらでは非常に温かく受け入れていただき、非常に多くのことを学ばせていただきました。しかし、勤務先で耐え難い経験をしたので福祉の業界を去ることにしました。

 このことがなければ福祉の講師を目指し、教育・福祉の分野で頑張っていたのではないかと思います。今だから話しますが、腹いせのように前述のIT会社に就職し、常石造船に就職しました。日本福祉大学の皆様にはご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます。

 お言葉を述べられている被災者の方も舌を出すなどのサブリミナル・メッセージ。誠に有難うございます。少しでも早い復興をお祈りしています。NHK大震災追悼式。